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「こっちは日頃の恨みで容赦しねえ。三日間つけねらって、一人になったところをぶっ殺してやった」

「どんな仕返しをしたんです?」
「ある村の副村長が何度もけしかけやがったから、そいつを三日間つけねらって、一人になったところをぶっ殺してやった」
寛郎の目の光りが強くなった。伊東にきてから目方が二キロふえたという彼は、顔つきもかなり柔和になっていたが、このときばかりは元のするどい眼差しに戻っていた。
「まず膝をねらって一発射ち、歩けないようにしておいてボロ(蛮刀)でたたっ斬ってやった。その野郎、腕で顔をかばいながらいざって逃げようとしたが、こっちは日頃の恨みで容赦しねえ……」

津田信 幻想の英雄より

ちょっと前に最後の日本兵小野田少尉こと小野田寛郎さんの訃報のことを書いた。

訃報の後、ネット上ではしばらく小野田さんの話題が飛びかっていた。そんな中、僕も読んだことがある小野田さんの手記を書いたゴーストライター自身の手による小野田さんの暴露本がネット上で全文公開されていることを知った。

その暴露本は「幻想の英雄」という書名ですでに絶版になっていて、手記を代筆した津田信というライターの息子さんがに故人になっているお父様の仕事を紹介する形で自身のサイトで公開されている。



幻想の英雄・全文公開
http://junpay.sakura.ne.jp/index.php?option=com_content&view=category&id=49&Itemid=77

これがまあめっぽうおもしろく、一気に読んでしまった。
小野田さんの伝記やドキュメンタリーなりに触れた経験があっていわゆる世間一般的な小野田寛郎像というものが自分の中に出来上がっている人であれば、「え?!オノダさんってホントはこんな人だったの?」という驚きを禁じえない。

「終戦を知らずに30年間ジャングルで戦っていたピュアな皇軍兵士」という僕の印象は気持ちいいぐらいに打ち砕かれた。

この本に対する小野田さん側の反論を知らないのでなんとも言えないが、手記の裏側を他人が暴くならいざしらず、手記を書いた本人自体が暴いているという事実から推測するに、ここに書かれている小野田さんのことは概ね信じるに足りる内容だと思われる。

筆者の「小野田さんは本当は終戦を知っていたのではないか?」という疑問がミステリー小説ばりの謎としてメインテーマに描かれながら、小野田さんのパブリックイメージ(それは筆者自身が代筆した手記でつくったイメージでもあるわけだが)を打ち砕く小野田さんのエピソードがこれでもかと挟み込まれる。

いやあ、小野田さん、めっちゃ殺してるやん。

以下、本書の中でもシゲキ的な部分の抜粋です。


筆者が小野田さんと一緒に風呂につかりながら何人殺したのかを訊ねるシーン。

ある晩、私は思いきって彼に訊いた。
「一体、何人ぐらい殺(や)ったんです?」
 彼はわざと私のほうを見ないで、つぶやくように言った。
「百人ぐらいかな」
 私は耳を疑った。すでに一部の新聞、週刊誌は、「旧日本兵によって三十人近い島民が殺された」という島民の談話を記事にしていたが、その三倍以上とは――私は軽い戦慄を覚えた。
「百人、全部殺(や)ったの?」
「いや、殺したのは三十人ぐらいです」
「じゃ、残りは?」
「弾はたしかに当たったが、死にはしなかったでしょう。だいたい、戦傷者は戦死者の三倍というのが軍隊の常識です」
 こともなげなその口調に私は再び戦慄を覚えたが、あえて自分に言いきかせた。




ルバング島の島民に対するある意味潔いよいほどの蔑視。

「ドンコーの奴ら、こっちがおとなしくしているとすぐつけ上がって、銃をぶっ放しながらどんどん山に入りこんできやがるんです。だからわれわれも懲らしめのために撃ち殺してやったんです」
「じゃあ、撃ち合いの結果ではないんですね」
「いや、遭遇戦もありましたよ。しかし、こっちはプロですからね、撃ち合いなら、負けやしません」
 人間なら八十メートル離れたところから、牛なら百メートル先から一発で射殺できた、と彼は自慢げにつけ加えた。三たび私の体に戦慄が走った。「何だか気味が悪いんです」といった速記嬢の言葉をいやでも思い出した。




横井庄一さんと同列に扱われるのが許せないらしいです。

タイムリーな読み物になる。私も編集者だったら当然企画しただろう。できることならこの対談に立ち合いたいとさえ思った。
 しかし、これは実現しなかった。夕食の席で、
「寛郎、どうする、会ってみるか」
 と格郎が訊いたとき、
「会う必要はない、横井庄一なんかに」
 彼は、吐きすてるような口調で拒否した。そばで聞いていて、私はいやでも、「穴に隠れていたのではありません」と言いきった彼の言葉を思い出した。やや間を置いてから格郎がつぶやいた。
「そうだな、横井庄一は下士官、お前は将校だったんだからな」
 私は格郎に、寛郎以上の嫌悪感を覚えた。




もうここまでいくと、何かのバイオレンス映画を観ているかよう。

「それほどでもないがね。あきれるくらいいるのは犬だね。大抵の家が犬を飼ってる。それもろくろく餌をやらんから痩せてひょろひょろした犬を」
「その犬をドンコーの奴ら、われわれにけしかけやがるんです。あんまり癩にさわったんで仕返ししてやったことがある」と寛郎が口を挿んだ。
「どんな仕返しをしたんです?」
「ある村の副村長が何度もけしかけやがったから、そいつを三日間つけねらって、一人になったところをぶっ殺してやった」
 寛郎の目の光りが強くなった。伊東にきてから目方が二キロふえたという彼は、顔つきもかなり柔和になっていたが、このときばかりは元のするどい眼差しに戻っていた。
「まず膝をねらって一発射ち、歩けないようにしておいてボロ(蛮刀)でたたっ斬ってやった。その野郎、腕で顔をかばいながらいざって逃げようとしたが、こっちは日頃の恨みで容赦しねえ……」
 寛郎は左腕を曲げて顔をかばう島民の真似をし、その次にボロを何度も振りおろすジェスチャーをして見せた。事実なら、まさに惨殺である。初夏の陽が明るい応接室に居ながら、背筋が寒くなったのを私は覚えている。




終戦当初一緒にルバング島に残っていて、一足先に投降していた部下に対する憎悪。

「もう済んだことですから、気にしないことですね」
 私が慰めるように言うと、
「済んだ?! 何が済んだんです。赤津が嘘をついたから島田や小塚が殺されてしまったんじゃありませんか」
 そう言われると私には返す言葉がなかった。
「あの野郎、ホテルに挨拶にきたとき、貴様、俺の顔がまともに見られるかと言ったら、下向いて済みませんと謝ったくせに、まだこんなことを言ってやがる。絶対に許さねえ」
 目に殺意がこもっていた。翌日、私は、寛郎のたっての希望によって、すでに書き上げてあった第四回分『赤津一等兵の脱走』の稿に大要次のような一章を書き足した。




実は小野田さんの殺しと知っていながら島民にシラをきらざるをえない筆者。脂汗出まくりだったことでしょう。

「何を言っているの?」私が訊くと、ラモスはちょっと口ごもってから、
「この村にはヘンな殺され方をした者がいるんです」
 私とC君の顔色をうかがうように見た。
「ヘンな殺され方?」
「村の区長をやっていた人なんですがね、ボロ(蛮刀)でなぶり殺しにされた死体が発見されたことがあるんです」
 私は息を呑み、思わずラモスから目をそらした。
「小野田さんに殺された島民はほとんど銃で撃たれていますが、その区長はめった斬りにされていたんです。だから、これは日本兵の仕業じゃない、犯人は別の者だということになっているんですが、帰ったら一応、小野田さんに確かめてくれ、と言ってます。――あなた方、何か聞いていませんか」
「さあ、知らないなあ」
 まさか聞いているとは言えなかった。
「私もその事件は前から耳にしていたんですが、小野田は、いや、小野田さんは立派な日本の軍人だからそんな殺し方をするはずがないと島民たちにも言ってきたんです」
 ラモスは私たちに説明してから、デンとデレモスに向かってタガログ語で何か言った。二人ともしきりにうなずいていたが、私は言葉が通じないことに、ひそかに感謝した。もしデレモスから日本語でじかに訊かれていたら、たとえ口で否定しても、私の表情はそれを裏切ったに違いない。




野坂昭如に対しても「轢き殺してやる」ですから。

 

小野田寛郎が料亭の一室に現われたのは、約束の時間より三十分もたった頃であった。彼は挨拶ぬきで私の隣に坐るなり、
「野坂なんとかいう野郎を轢き殺してやる」
 と言った。ほとんど喚くような口調であった。
「野坂って、作家の野坂昭如さんのことですか」
 重役の一人が訊くと、彼はうなずいてから早口でしゃべり出した。
「ルバングで女とよろしくやっていたんだろうとか、島民と交流があったんだろうとか、実際に見もしないで勝手なことばかり言いやがって……あんないい加減なことを言う男が今の日本じゃ作家面していられるんですか。兄貴がブラジルに帰る前、いろいろなことを言う奴が出てくるだろうが、いちいちとりあうなと言い置いていったが、女といちゃついていたと言われたんでは黙っているわけにいきません。呼び出して、轢き殺してやる」
 小野田寛郎は右腕の肘を折って水平に四、五回前後に激しく動かしながら言った。
「こうやって、車で何度もギシギシ轢いてやります」
 彼が自動車教習所へ通っているという話を思い出した。
「どうせ一度捨てた命です。轢き殺したら警視庁へ自首して、網走刑務所に送られたら、熊細工でもしてのんびり暮らしゃいいんだ。黒眼鏡なんか掛けて、人を批判するなら、ちゃんと眼鏡をとってまともに相手の顔を見て言うのが礼儀だ」
「小野田さんは野坂昭如に会ったんですか」
 それには答えず、宙を睨みながら彼は言葉を継いだ。
「自分が天皇のことを口にしないのは、今、自分が何か言ったら騒ぎになるからなんだ。それを勝手な臆測ばかりしやがって……こっちはもう網走行きの覚悟ができているんだ」



全文をサイト上で読むことができるので、ぜひ読んでみてください。

おすすめの読み方は、iPhoneでこのページを開き、Safariのリーディングモード(URL欄の左側にある横線4本をタップ)にして読むと、読み易い文字の大きさになって快適です。

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34歳男子。ネザーランドドワーフと34歳女子と3人で同棲中。好きなモノは、タイ料理、カキピー(わさび味)、海外SF、ゾンビ映画、村上春樹、野宿、スパイ、自分。ブログは半径100メートル以内の出来事を忘れないようにメモっています。新卒で入ったB2B系広告会社の営業を皮切りに、Webライター、マーケッター見習い、Web広告屋、CRMマーケッターを経て、現在はダイレクトマーケティング・コンサルタントという肩書きのもと、とある通販コスメのECサイトを成功報酬モデルでプロデュース中。未知のビジネス課題をクライアントと一緒になって解決するお仕事が多いです。裏日本の豪雪、酷暑地帯出身。手先器用、口先不器用。新大阪在住。

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